薬剤の効能[抗うつ薬]column

Update:2023.05.13

薬剤の効能[抗うつ薬]

目次

抗うつ薬について

2011年の時点で、日本で使える抗うつ薬は16種類あります。
そのうち、うつ病での使用頻度が圧倒的に高いのがSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)です。 パロキセチン(パキシル)、フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)、セルトラリン(ジェイゾロフト)があります。 さらにSNRI(セロトニンーノルアドレナリン再取り込み阻害薬)として、ミルナシプラン(トレドミン)があります。
それに続くのが、旧世代の三環系抗うつ薬であるアミトリプチリン(トリプタノール)など、そして四環系のミアンセリン(テトラミドなど)や、それとは機序の異なるスルピリド(ドグマチールなど)です。 SSRIやSNRIは、セロトニンや、ノルアドレナリンのトランスポーターというポンプをブロックして、神経と神経の間のセロトニン、ノルアドレナリンを増やすことで、セロトニン5-HTIA受容体を刺激して、うつを改善します。
ただし、患者さんによっては、これらの薬がセロトニン受容体を過剰に刺激しすぎることがあるため、セロトニン症候群(下痢や吐き気、硬直・けいれん、興奮・錯乱など)という副作用を起すこともあります。 セロトニン5-HT3受容体は、下痢や吐き気などの消化器症状、5-HT2C受容体は不安焦燥感の増悪、5-HT2A受容体は性機能不全に関係するといわれています。 また、うつ病の患者さんがSSRIを飲むのを急に止めたり飲み忘れたりしたときも、下痢や吐き気、めまいといった中断症候群が出ることがあります。

ミルタザピンについて

さらに最近では、SSRIやSNRIとはまったく違った作用機序でうつを治すミルタザピン(リフレックス、レメロンなど)が出ました。 これはNaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)と呼ばれるものです。

ミルタザピンの作用機序

アドレナリン受容体をブロックして抑制をはずし、神経細胞からのセロトニンの放出を促進しながら、ヒスタミン受容体(HI)とセロトニン受容体(5-HT2C、5-HT2A、51HT3)をブロックするため、セロトニン5-HTIA受容体への刺激を選択的に増強し、不安・焦燥や下痢や嘔吐などの消化器症状、および性機能障害といったSSRIでよく見られる副作用を出さないで抗うつ作用を発揮する作用機序をもっています。
とくにセロトニンについては、

  1. セロトニン5-HT3受容体をブロックすることで下痢や嘔吐を抑え、
  2. アドレナリン受容体をブロックしてセロトニン放出を促進し、セロトニン5-HTIA受容体を刺激し抗うつ作用を発揮して、
  3. セロトニン5-HT2Aおよび2C受容体をブロックすることで性機能障害と不安焦燥を出にくくする、といわれています。

SSRIによる前頭葉類似症候群

セロトニンとドーパミンの相互作用による感情の平板化

うつ病や躁うつ病の原因は、すべてが解明されているわけではありません。 しかしながら、近年SSRIの多用で、うつ症状が改善される率が約3割ほどである一方、悪化する率も3割ほどあると指摘されるように、SSRIの反応性は個人によって異なることがわかってきています。 処方する医師が、躁うつ病であるのにSSRIを処方し続けたり、いきなり2種類以上のSSRIを大量に併用したり、さらに多種類の抗不安薬も併用すると、躁転や混合状態を引き起こす症例が存在します。
そのひとつが前頭葉類似症候群です。
これは、SSRIを長期に使用した結果起きる無気力状態のことです。正常気分ではあるものの、何事にも無関心で動機づけが起こらず、疲労感があり、精神的に鈍い感じが残る状態で、感情が平板化し、かえってうつがひどくなったように見えます。 この原因は、強力なSSRIを長期間使用したために、セロトニンの増加と相反して、前頭葉や脳幹のドーパミンやノルエピネフリンの活性が低下し、起こると考えられています。
うつ症状の治療中にSSRIを使用し、このような症状があらわれたら、

  • SSRIを減量する
  • 午後の服用にする
  • ノルエピネフリンやドーパミン神経の刺激作用のある薬物(SNRIなど)を用いる

などの処方変更が推奨されています。
また、同じSSRIでもパロキセチン(パキシル)とセルトラリン(ジェイゾロフト)では作用機序が多少異なり、セルトラリンはドーパミン再取り込み阻害作用も伴うため、前頭葉類似症候群が起こりにくいとされていますが、これについても個人差があるようです。

アクチベーションーシンドロームによる自殺の増加

副作用の少ないNaSSAに期待

アクチベーションーシンドロームとは、SSRIの服用後に出る可能性があるとされる中枢神経刺激症状のことです。 抗うつ薬が受容体を過剰に刺激して、逆に不安焦燥感、衝動性、不眠、自殺企図などが増悪してしまうことがあります。
「抗うつ薬を服用中の患者さんに、自殺が起きやすくなるのではないか」と、最近ちまたで盛んにいわれています。 また、「うつ病とみなされているかくれ躁うつ病の患者さんにこそ起きやすいのではないか」、という指摘もあります。 したがって、ここでもうつ病と躁うつ病の鑑別が大事だということがおわかりになると思います。
ただし、このアクチベーションーシンドロームは、なりやすい人となりにくい人、症状の程度差もあり、個人差があるようです。 必ずしも、抗うつ薬、とくにSSRIなどの第2世代の抗うつ薬が不安焦燥感を増悪させ、特別に自殺を増やすとはいいきれないと思います。 ただし、先述した新しい抗うつ薬NaSSAのミルタザピン(リフレックスなど)は、不安・焦燥および消化器症状(下痢や嘔吐)、性機能障害といった、これまでSSRIでよく見られた副作用があまり出ず、抗うつ作用を増強するとされています。
この理屈からいうと、NaSSAはアクチベーションーシンドロームを起こしにくいということになるでしょう。

抗不安薬は薬物依存になりやすい

うつ病、躁うつ病に限らず、多くの心の病気に「不安」という症状が出ます。 現在、この不安に対してよく出される薬が「抗不安薬」です。 そしてそのほとんどは、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬です。(睡眠薬の多くもこのベンゾジアゼピン系の薬です)
ベンゾジアゼピン系の薬は、際立った副作用がなく、患者さんにとって飲み心地が良く、飲むと調子が良くなる場合が多いので、さほどよく効かなくても飲まないよりはマシという感じになります。 しかし、それがだんだんと癖になってきて「飲まないと不安だ」、「薬の効きが悪くなってきたので、もっと量を増やして欲しい」という状態に陥りやすいのです。
これを専門用語で「依存性が強い」、「耐性ができやすい」といいます。
(アルコール、麻薬・覚醒剤への依存もこれと同様のプロセスで起こります)
ここで主治医が、患者さんの訴えに応じるかたちで、不用意に要求どおりに処方すると、結果的に気がつけば大量に、かつ習慣的に服用している薬物依存を作り出しかねません。
とくに躁うつ病の患者さんが抗不安薬に依存してしまうと、気分の波がさらに大きくなり、余計に不安定になったり、リストカットや食べ吐きが止まらなくなったりしやすいといわれています。 このようにして、「もっと薬を出して欲しい。ないと死にそうだ!」という薬物依存症の患者さんが作り出されてしまうのです。

SSRI、SNRIも依存性が高い?

私はこれまで、抗不安薬が依存性が高くて危険だと述べてきましたが、実はSSRIやSNRIなどの抗うつ薬も、昔主流であった三環系抗うつ薬よりは副作用が少ないため、意外と依存性は高いと思っています。
これらの抗うつ薬も、三環系抗うつ薬より飲みやすいので、ついつい量が増えてしまったり、止めにくくなるのです。 そしてそれが、うつ病からくるかくれ躁うつ病を見抜きにくくし、極性診断変更に踏み切りにくくしている原因のひとつであろうと思います。
ちなみに、統合失調症の患者さんが第一選択薬として飲む抗精神病薬であるハロペリドール、レボメプロマジン、リスペリドン、オランザピンなどは、患者さんにとって飲み心地の良くない薬です。 これらについては、私はこれまで患者さんから「先生、もっと薬を増やしてください」というリクエストを一度も聞いたことがありません。 「良薬は口に苦し」ということでしょうか。